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2012年12月16日

中国と「東京ラブストリー」

授業の最後の読み物は「東京ラブストリー」という大人気のドラマがどのように中国で広がってきたか分析しました。この記事を書いた筆者は海賊版とテクノロジーの影響と中国の社会的な展開などのように様々なテーマについて書きました。私は中国の歴史と近代的な文化についてあまり知らないので、この記事の一番面白いところは「東京ラブストリー」がどのように中国人の若者の欲しがっている生活を反映して、将来の夢にも影響したかという課題だと思いました。


中国語の字幕がある「東京ラブストリー」

筆者によると、中国で私営企業が広がって経済が強くなった中で、以前より豊かになった人(特に大学生)が「東京ラブストリー」をゆとりがある生活のお手本として受け入れたそうです。つまり、1950年代からのアメリカと同じように、この中国人の消費化に対して価値観や恋愛習慣がテレビ番組の影響で変わったわけです。実はこの一つのドラマだけがこんなに具体的な影響があったという意見に対して疑問を抱きますが、中国人の中でもう少し贅沢な生活を目指すという傾向をはっきり反映していると思います。

異文化のドラマが本当にある社会に深く影響が与えらえるのでしょうか。私はそう信じませんでしたが、この「東京ラブストリー」の例について学びましたから、アメリカのハリウッドが輸出している文化は海外でどのような影響があるかという質問について考え始めました。同じような影響ですか。そして、そうなら、映画やテレビ番組の作者がどのような文化を輸出していますか。面白い課題だと思います。

2012年12月2日

ゲームのローカライゼーション

先週はとっくにローカライゼーションというテーマについて書きましたが、今日ももう一つの例を検討したいと思います。先週はアニメのローカライゼーションを中心にしましたが、今はもう少しアメリカで成功したメディアを選びたいです。このメディアはビデオゲームです。

どうしてゲームを選んだかというと、アニメや漫画と違って、日本からの影響がとても強い中で、アメリカの独自の産業も強いからです。暴力のために時々批判されているので、ゲームはアメリカでまだ主流メディアじゃありませんが、特に男の子の中で人気が増えつつあります。ゲーム雑誌やキャラクター商品(服さえ)などの有無を通して、ゲームが若者の文化に深く入ってきたことが分かります。

どうしてゲームの方がアニメよりローカライゼーションが成功したかというと、アメリカにゲーム業界があるからこそだと思います。特に大人の間でマイクロソフトがアメリカで視聴できるように作られたゲームの方が日本型のより人気があるようです。でも、ゲーマーの始めのゲームはたいてい日本から輸入されたものです。従って、今でさえマリオ、ゼルダ、ポケモンなどは大人気で、こんなキャラクターがある商品だけが出回ったことがあります。このキャラクターが子供の時から馴染みのあるという理由で、もう少し親密感を持っています。



1980年代から今までマリオがアメリカの文化の一環になりました。

この理由があるからこそ、ゲームはアニメよりローカライゼーションすることが成功できたと思います。アメリカでは輸入された物も独自の物も人気があるからです。

2012年11月26日

アメリカでアニメのローカライゼーション

日本のポップカルチャー(特に漫画とアニメ)が世界中で広がっていく中で、二つの現象が同時に起こっています。日本のポップカルチャーが外へ行く現象(つまりグロバライゼーション)だけではなく、各国に受け入れられる現象(言わばローカライゼーション)もあります。両方はとても大切ですが、ローカライゼーションの現象の方が面白いと思います。

でも、受け入れられるというのは具体的にどううことなのでしょうか。例えば、アメリカでアニメがローカライゼーションされたと述べたかったら、どのような根拠がありますか。一番分かりやすいのはアニメを中心にするサイトとコミュニティーでいっぱいのインターネットだと思います。イラストコミュニティーにもアニメのスタイルで描く若者が非常に多いです。一方で、最近は普通の店でも人気があるアニメのDVDを買えるようになりました。

そうは言っても、そんな根拠は大体ファンコミュニティー内のことだけなので、アニメが本当にローカライゼーションされたと言うのに十分ですか。アメリカでは、アニメはまだ人気がなくて、普通の人にとって子供以外の人が見るのは変だと思われています。でも、この状況が変わりつつあると思います。どうしてかというと、子供と若者のために作った物と作品はだんだんアニメのようなイメージを使うからです。とてもいい例は大人気の「Avatar: The Last Airbender」(日本語:「アバター 伝説の少年アン」)と「The Legend of Korra」という番組だと思います。

Avatar: The Last Airbender
The Legend of Korra
この番組はアメリカの視聴者のために作られましたが、東アジアの文化に影響されているし、アニメに似ているので、この番組はアメリカのメディアでよく「cartoon」ではなく「アニメ」と呼ばれています。日本のアニメを輸入することだけではなく、独自のアニメが(少し)主流メディアに現れたからこそ、ローカライゼーションという過程が成功すると言えると思います。

2012年11月21日

国際会議の言語

今週はリービ・ひでおが翻訳について書いた記事を読みました。私にとって一番面白いところはリービの国際比較文学の世界大会での経験だと思います。手っ取り早くまとめれば、リービは母語として英語を話しても、日本語でスピーチするように頼まれたのです。でも、それはどうして特に面白いかというと、たいていはこの会議で英語とフランス語しか話されていないからです。この経験を通して、リービは「中心」の英語(あるいは特権の西洋語)と「周辺」になってしまった日本語(あるいは西洋語以外全部の言語)を分けたかったのです。

リービによると、これは問題です。というのは、国際会議である言語を中心としたら、その言語(それに加えその文化)の価値の方が高いというメッセージを伝えるからです。私はこの意見に賛成なので、一理あると思いますが、実践的に考えれば、現状の方が分かりやすいんじゃないかと思います。この会議のスポンサーは国際的な組織だし、皆は異なる言語を話せるので、共有出来る言語がやはり必要です。英語とフランス語は母語でも外国語でも世界中で広がっているからこそ選ばれました。(スペイン語などのように他の選択があると思いますが…)残念ながら、仕方がないと思います。

でも、実は「国際会議」と聞いて、すぐに近代オリンピックと比べたくなりました。近代オリンピックはリービが参加した会議と同じで、公用語は英語とフランス語です。でも、もう一つの公用語があって、開催国の言語です。この状況は一番いい解決だと思います。というのは、実践的な言語を使いつつ、開催国の貢献も同じように認められるからです。このようなシステムも問題点があると思いますが、国際比較文学の会議よりフェアだと思います。


国際的な近代オリンピック